最初にお断りしておきますが、僕は今でこそフリーランスという身でなんとか生きていますが社会人時代はいわゆる「ダメなヤツ・使えないヤツ」でした。やりたくない仕事をやらされていたとかいう被害者意識の言い訳を抜きにして、組織内で結果を出すことができなかった人間です。決してこれから会社で仕事を始める方に上から語るつもりはありません。
ただ「立派な社会人になろう」と思って会社に入ったものの、何のために働いているのかが分かっていませんでした。そして、働いている間はそういう疑問を持つことすらありませんでした。
なぜ僕は会社で働いていたのか
僕が会社に勤めていた理由は、ざっくり言うと
- 周りが就活をしていたから
- 大学を卒業したら会社で働くものだと思っていたから
就活を経験した方なら分かると思いますが、就活していないと「周りに置いていかれる感」を感じます。就活をしている人は将来のことをしっかり考えているのに、自分は何も行動していない・・そんな風に感じた人も少なくないと思います。その焦りから僕も何十社もエントリーし、片っ端から選考を受けて、内定をもらった会社に恩を感じ入社しました。そのときは自分で内定を勝ち取った気分でいましたが、実際は流され続けてたどり着いた先に内定があったというだけでした。
当時は気付けていないことですが「関西でイラストレーターをやりたい」と思っているのに「東京でシステムエンジニア」になっている自分がいました。やりたいことをやったり自由に生きるのはズバ抜けた才能がある人だけ。社会に出たらやりたい仕事を選ぶことはできないと思い込んでいました。
やりたいことを見つける質問
「10年後、なりたい自分はどんな姿ですか?」
会社員時代、とある社内セミナーで受けた印象的な質問です。僕はこの質問でクリエイターになりたいという自分に気づかされました。そして、会社で働くことの延長線上にクリエイターの道がないことに気づき、「なんで東京で働いてるんだっけ」と少し疑問に思い始めたのです。
うろ覚えですが質問はこんな流れでした。
- 「理想の自分」を具体的にイメージして書き出してください
- 理想の自分が持っているもの(モノ・能力・人脈などなんでも)を書き出してください
- 理想の自分に近づくために5分でできる最初の一歩は何か考えてください
- その一歩をやっていない理由を考えてください
理想の自分にいきなりなることは無理でも、一歩ずつ近づくことはできます。そして一歩近づき続けたらいつかかなり近いところまでは到達できるという考え方です。
実現不可能な理想でもいいので、本当になりたいと心から思える姿をイメージすることが大事です。
あらゆる可能性はどんどん狭まっていく
僕は野球が大好きですが、見る専門です。現実的に考えて、野球素人の僕が今から生活のすべてを野球に捧げたとしてもプロ野球選手にはなれないでしょう。
中学時代に野球に人生を捧げるという決断をしていたら、もしかしたら可能性はあったかもしれません。小学校でその決断ができていたらもう少し可能性はあったと思います。
理想の自分になれる可能性は若いうちの方が確実に広がっています。そしてその可能性の幅は確実に狭まっていきます。
もちろん「何かを始めるのに遅すぎることはない」と言われるように、年齢を重ねても理想を現実に変えている人はたくさんいます。しかし、どうしても「現実的に考えて無理」という範囲は年齢とともに大きくなっていきます。
何を始めるにも遅すぎることはありませんが、早いに越したことはありません。今が最速のスタートです。
「我慢」ではなく「良い苦労」をするべき
「若い頃は苦労しないといけない」「苦労は買ってでもせよ」というアドバイスを聞くと思います。もちろん、若いうちに苦労して経験を積むことは当然必要です。
しかし、やりたくないことばかり歯を食いしばってやり続けることが「良い苦労」だとは私は思いません。
今は新卒で入社した会社に3年勤めようと就活でよく聞きますが、そんなものに全く意味はありません。むしろ嫌で嫌で仕方ない仕事に3年間耐えるより、より良い環境を求めて行動を起こせる人間であってください。
自分のやりたいことを実現するために頭を使って体力を振り絞ることこそが、「良い苦労」だと思います。我慢を良い苦労と勘違いして時間を無駄にすることがないよう気をつけてください。
まとめ
自分の人生は自分で選択できます。でも「やりたいことをやろう!」と決意することに何の意味もありません。まずは5分でできる次の一歩を踏み出して、淡々と続けることでしか何も変えられません。
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